九十七式 三人乗

おはようございます
2020年12月14日 月曜日です

今週は急激に寒くなるようです
忘年会の少ない12月 どう過ごされてますか
さて今日は飛行機の話。



兵庫県加西市に「鶉野飛行場」と言うのがある
駝鳥のマスターが写真をあげていたので
興味を持ったんだけど、先ず
鶉野が読めなかった💦

昔なら漢和辞典ひっくり返しては、
わからん!
と言ってたところだけど、
今はスマホで手書き入力すれば
チョチョイのチョイで教えてくれる。
怖いくらい便利な世の中になった。

「ウズラノ」なるほど鶉ってこんな字だったのか!

その鶉野飛行場で興味をひいたのが、紫電改!


 「ああ路面を走る電車」

市電かい? ちゃうわ!

戦闘機や! 空を飛ぶ


「信楽には狸が千どころかもっと居る」

千?陶器? もうええって!


こんなボケツッコミの相手をしてくれるであろう
H氏がちょいと先に行ってきた。

その戦闘機、
紫電改のフルスケール模型を見学し
お土産に戦闘機手拭いを買ってきてくれた


IMG_8192_RR.JPG

嬉しい

土産に手拭いを選ぶ彼の心遣いに感謝!
今度はこの手ぬぐいで汗を拭いながら
小豆でも炊こう。


紫電改の模型が飾られている格納庫は、
普段限られた日曜日しか扉を開けないので、
平日に行っても格納庫の外側から
こっそり覗くことしかできないとは聞いていた。

けれど、
それを承知で天気の良い平日に
僕は一人で訪れてみた。

IMG_8107_RR.JPG

正面にオートバイを停め、
シャッター越しに覗き込むと
緑色の物体は大きく左右に羽を広げ
堂々と、どうだ!
とばかりに胸を張る。

IMG_8108_RR.JPG

それだけで大きさは充分に伝わってくる。
背後から、散歩中のおじさんが話しかけて来て
あそこの端からこっちのあの辺までが
昔、滑走路だったと教えてくれると
またその滑走路脇をスタスタと歩いて行った。


IMG_8124_RR.JPG


おじさんの後姿と背後の紫電改を見比べて
この滑走路をゆっくりと助走し
その先の青空に消えていく姿を思い浮かべてみる

中に立てられた解説パネルを読みながら
ぐるっと反対側に回り
後ろから紫電改とCB cafeのツーショットを撮る。


IMG_8110_RR.JPG

ええやん!
これだけで満足していると、
向こう前面の扉が動いた。

人影が見える?
なんで?

なんでもええけど聞いてみようと表へ回る、


おはようございます。

 「おー早いね!」

えーっと 今日って開けはるんですか?

 「特別だよ! 普段は日曜日しか開けんのだけど、あんたラッキーだったね」

何で?

 「修学旅行だよ! もうすぐ修学旅行のバスが来るから準備してるんだよ」

ああ そうですか ぢゃあちょっと入っても良いですか?

 「ああ ええよ 」

そんなわけで楽々格納庫に入る事が許されました😁


IMG_8114_RR.JPG

IMG_8116_RR.JPG



IMG_8115_RR.JPG


デカい!
間近で見ると マジかと思うのは
機関銃!

戦闘機なんだから機関銃が備わっているのは
当たり前なんだけど、レプリカとは言え
間近で見るとマジかと思ってしまう。

銃火器は相当重いだろう
これには当然だが弾倉も備わるわけで
何ミリ弾なのかそう言うことは詳しくないので
わからないけど、ダーティハリーの使ってる
44マグナム弾がいくらデカいと言っても
比べもんにならんぐらいこっちの方がデカいだろう。

デカければそれだけ重いわけだし、
それが何十発?何百発?って多く積めば積むほど重くなる。
多ければ弾切れの心配は無くなるが、
重くては戦闘能力に影響が出るだろう。

弾倉にしても燃料にしても無い方が軽くて
動きやすいに決まってるし、でも燃料無かったら
飛べへんし弾が無けりゃ戦えへん、、、
装備の心配と空中戦での不安。


IMG_8118_RR.JPG

チョット想像出来ん!
僕も、
燃料切れの不安はツーリングで何度か経験している。

山中で予備タンに入ったら俄然不安になる。
あとどれくらい走れるだろうか?
ガソリンスタンドはあるのだろうか?

もし止まっても
傾ければタンク内に少しは残っているだろう。

などと、いろんな不安が湧いてくるのだけど、
仮に停まったとしても直ぐに死に繋がる事は無い!
単に道路脇で天を仰ぐぐらい。

しかし飛行機は違う!
飛んでる最中に燃料が無くなれば、
落ちる。

それに加えて空中戦って、
撃墜されれば一貫の終わりだよ
平和な時代に生まれ育った僕は空中戦は愚か
銃火器を使った事もない。
だからそんな戦時中の戦闘機乗りの不安な気持ちなんて
とてもやないけれど計り知れない。
それこそ、知らんけど!や。


準備作業が一段落したおじさんが話しかけて来た。
どうやらコロナ禍で修学旅行も主要観光地は避けてるんか、
最近は修学旅行の見学申し込みが多いらしい。
そんな旬の話題も教えてもらい、ひとしきり社交辞令な話を済ませる。

川西工場で作っていた飛行機は海上機だったとか、
なんたらかんたらの話が出たので、思い切って聞いてみた。
(別に思い切る程の事でもないけど)


 「終戦直近になると金属不足で木を使って
  零戦とか作ったなんて聞きましたがどうなんですかね?」

 「ああ、木を使ったかどうかは知りませんが、
  場所によってはこの紫電改なんかも布を使ってましたよ。
  方向舵のフラップなんかは幌なんかに使う布で流用してました」


 「ああ、そうなんですか へえ〜」

 「ああ、この燃料タンクなんかはねベニア板で作ってたらしいよ、
  その下にぶら下がってるやつ、コレが燃料タンクでね
  行きに使って空になったら切り離して捨ててくるんだよ、
  だからねどうせ捨てるもんだからベニア板で作っていたんだよ」


 「なるほど」

 「他も観て来られましたか?防空壕とか慰霊碑とか」


 「いやここが最初で、他に何があるかも知らないです」

そう言うとおじさんは観光案内マップを広げて教えてくれた。

 「ほらあそこに慰霊碑があるんですよ、車が置いてあるのが見えますか?
  あの辺に慰霊碑が、特攻隊で亡くなった方たちのね」



 「そうですか、ここからも特攻隊に行かれた方がいらっしゃったんですか?」

 「そうだよ、九十七式艦上攻撃機が二十一機、六十三名が
  ここから大分の海軍基地まで行ってその後
  鹿児島の串良基地から特攻隊として出て行ったんですよ、

  九十七式艦上攻撃機と言うのは三人乗りの飛行機で、
  ちょっと古い機体なんです、零戦は知っているでしょ
  あれが零年式だから零戦と言うんです、
  九十七式はそれより三年前に作られたモノですから旧式なんですよね」


 「ああ、なんで九十七年なんかよく知りませんが
  零戦より古い型だと言うことはわかります」

 「その六十三名の慰霊碑があそこにあるんです」


 「三人乗って鹿児島に着いた後は、
  他の飛行機に分散して行かれたんでしょ、
  三人乗りと言っても一機に操縦士一人ですよね」

 「いや、三人乗って特攻に行きました」


 「えっ! なんで?」

 「そう思うでしょ 一人でいいんじゃないかと 
  操縦士と航法照準士に通信士と
  三人が乗り組んで行ったんですよ。
  だから二十一機六十三名です」


 それを聞いて、僕は、
言葉を失った。
・・・・・・・・

三、、、、、、、、
特、、、、、、、、

なんと悲しい!


映画や漫画で見て僕の知る特攻隊は
一人零戦で敵艦に体当たりするもので

一人故に決意と恐怖の狭間で揺れ動く心情みたいなもんを
こちらなりに考えては悲しく思っていたんですが、

それが三人!

操縦桿を握る者は自分だけで無く
あと二人の命をも握っているわけで、
そして
その二人は、
その瞬間を操縦士に託す訳だから、、、、

ごめん、もう書けんわ。








 

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