五月五日
おはようございます
5月9日月曜日 休み明け いよいよ一週間が始まります
疲れてませんか? がんばりましょう。
祭礼
今年も5月5日に祭礼が行われました。
そう、ちょうど一年前にも書いていた6年にいちど廻って来るという ↓これのことです
http://kikuniikotoba.at.webry.info/201505/article_3.html
この地元小槻大社の祭礼では5つの自治体が順繰りに渡し当番を務めるんです。
「5つ?」
でしょ~
5つだったら5年周期ぢゃないのか? 何故6年?
普通はそう思いますよね、では何故5ケ村で6年になるのか?
それではこの5つの集落が奇妙な周期で勤めていっているからくりをお教えしましょう。
先ず5つの集落とは、岡、目川、坊袋、川辺、山寺、の事で、それぞれの渡し年は以下のとおり。
干支で言うと、子・酉・午の年には山寺(草津市)、 亥・巳・寅は、岡・北原(下戸山の一部)、 辰・戌の年は目川、 未・丑は坊袋、 申・夘は川辺 と交代して行きます。
なるほど、干支がひとまわりする12年の間に、2回渡す所と3回渡す所がありますね、それも2回の所は6年周期、3回の所は4年周期と言ったように単純に割り振ったのではなく、川辺なんかは5年と7年と言う風に変則的であったりするからおもしろい。
干支順に並べ直してみましょう。
子: 山寺、
丑: 坊袋、
寅: 岡、
卯: 川辺、
辰: 目川、
巳: 岡、
午: 山寺、
未: 坊袋、
申: 川辺、
酉: 山寺、
戌: 目川、
亥: 岡、
わかりますか?
これでいくと、3回渡しの 山寺と岡は 6年の後 3年が2回続き また6年と言う風に 6 3 3 です。
2回渡しでは、坊袋と目川が6年毎なのに、川辺だけが5年7年と変わっております。
同じ小槻大社の祭礼に携わっている者でも住む集落によっては6年毎のお祭りと簡単に説明出来ない所もあり、今まで単純に6年毎のお祭りと説明していたのですが、そう簡単に言えるのは2つの集落だけであると改めて知りました。
今まで何の不思議もなく6年に一度のお祭りとしか認識していなかったのは、
小槻さん場所が離れている事と、形態が神事に重きを置いているからだと思う。
何故そう思うかと言うと、世間一般的に言う祭りに付きものの屋台とか出店が一切無く、観光客向けの華やかさや宣伝も無いから世間に知られる事が少なく、故に関わっている僕たちも6年に1度の渡しの時でない限り祭礼当日に小槻さんへ足を運ぶ事も無かった。
おまけに祭礼行事は、小槻大社と御旅所間での御神輿巡行と、自集落までの行列で行われるので渡し番以外では祭り雰囲気が出ないのは致し方ない。
と言うわけで今年は祭り雰囲気の出ない年ですが、今年渡し番の川辺地区は地形的に唯一家の前を行列が通る訳でしっかり行列も観覧しお祭りを楽しみました。
朝
まだ誰もいない小槻大社
普段と違い本殿に拝殿、社務所も扉は開け放たれ、御神輿も蔵から出され化粧も済み、あとは鳳凰と共に神様がお乗りになるのを待つばかり。
開演前のシーンとした雰囲気がいい
11時を過ぎた頃、集落を出発した行列がうちの前を通ります。
行列を見送り 裏側から先回りして小槻さんへ行くと、
行列を待つ見物客や取材のカメラがスタンバイしている
まだ役者の来てない境内は静かではあるが、先ほどまでのピーンと張りつめた空気はもう無い
待つことしばらく
行列の先頭が鳥居をくぐって来るのが見えた
このシーンは新鮮だった
今まではあの行列の中に居てるので、順々に鳥居をくぐって行進して来る姿をこちら側から待ち受けて見る事は無かったからだろうな
本殿の周りを回った一行は 本殿前で花笠踊りを奉納
やはり人が変われば音頭とりの唄い方、節まわしも違って来るのでまたまた新鮮に見える〜
この後御神輿と行列は 御旅所へ出発したのでした。
御神輿が御旅所へ到着したころ
人影も無く
神様も不在
の境内では、
A 「やっと静かになった」
B 「ああ 手加減せんもんな」
A 「ここ おもいっきりツッコまれてね~」
B 「そうそう ツッコまれる身になれって!腹立つ!」
A 「ホンマ 杓にさわるのう」
B 「杓だけにな~ ほんで水はまだあるけ」
A 「ああ まだ残ってる」
B 「ほな水入りやな」

5月9日月曜日 休み明け いよいよ一週間が始まります
疲れてませんか? がんばりましょう。
祭礼

今年も5月5日に祭礼が行われました。
そう、ちょうど一年前にも書いていた6年にいちど廻って来るという ↓これのことです
http://kikuniikotoba.at.webry.info/201505/article_3.html
この地元小槻大社の祭礼では5つの自治体が順繰りに渡し当番を務めるんです。
「5つ?」
でしょ~
5つだったら5年周期ぢゃないのか? 何故6年?
普通はそう思いますよね、では何故5ケ村で6年になるのか?
それではこの5つの集落が奇妙な周期で勤めていっているからくりをお教えしましょう。
先ず5つの集落とは、岡、目川、坊袋、川辺、山寺、の事で、それぞれの渡し年は以下のとおり。
干支で言うと、子・酉・午の年には山寺(草津市)、 亥・巳・寅は、岡・北原(下戸山の一部)、 辰・戌の年は目川、 未・丑は坊袋、 申・夘は川辺 と交代して行きます。
なるほど、干支がひとまわりする12年の間に、2回渡す所と3回渡す所がありますね、それも2回の所は6年周期、3回の所は4年周期と言ったように単純に割り振ったのではなく、川辺なんかは5年と7年と言う風に変則的であったりするからおもしろい。
干支順に並べ直してみましょう。
子: 山寺、
丑: 坊袋、
寅: 岡、
卯: 川辺、
辰: 目川、
巳: 岡、
午: 山寺、
未: 坊袋、
申: 川辺、
酉: 山寺、
戌: 目川、
亥: 岡、
わかりますか?
これでいくと、3回渡しの 山寺と岡は 6年の後 3年が2回続き また6年と言う風に 6 3 3 です。
2回渡しでは、坊袋と目川が6年毎なのに、川辺だけが5年7年と変わっております。
同じ小槻大社の祭礼に携わっている者でも住む集落によっては6年毎のお祭りと簡単に説明出来ない所もあり、今まで単純に6年毎のお祭りと説明していたのですが、そう簡単に言えるのは2つの集落だけであると改めて知りました。
今まで何の不思議もなく6年に一度のお祭りとしか認識していなかったのは、
小槻さん場所が離れている事と、形態が神事に重きを置いているからだと思う。
何故そう思うかと言うと、世間一般的に言う祭りに付きものの屋台とか出店が一切無く、観光客向けの華やかさや宣伝も無いから世間に知られる事が少なく、故に関わっている僕たちも6年に1度の渡しの時でない限り祭礼当日に小槻さんへ足を運ぶ事も無かった。
おまけに祭礼行事は、小槻大社と御旅所間での御神輿巡行と、自集落までの行列で行われるので渡し番以外では祭り雰囲気が出ないのは致し方ない。
と言うわけで今年は祭り雰囲気の出ない年ですが、今年渡し番の川辺地区は地形的に唯一家の前を行列が通る訳でしっかり行列も観覧しお祭りを楽しみました。
朝
まだ誰もいない小槻大社
普段と違い本殿に拝殿、社務所も扉は開け放たれ、御神輿も蔵から出され化粧も済み、あとは鳳凰と共に神様がお乗りになるのを待つばかり。
開演前のシーンとした雰囲気がいい
11時を過ぎた頃、集落を出発した行列がうちの前を通ります。
行列を見送り 裏側から先回りして小槻さんへ行くと、
行列を待つ見物客や取材のカメラがスタンバイしている
まだ役者の来てない境内は静かではあるが、先ほどまでのピーンと張りつめた空気はもう無い
待つことしばらく
行列の先頭が鳥居をくぐって来るのが見えた
このシーンは新鮮だった
今まではあの行列の中に居てるので、順々に鳥居をくぐって行進して来る姿をこちら側から待ち受けて見る事は無かったからだろうな
本殿の周りを回った一行は 本殿前で花笠踊りを奉納
やはり人が変われば音頭とりの唄い方、節まわしも違って来るのでまたまた新鮮に見える〜
この後御神輿と行列は 御旅所へ出発したのでした。
御神輿が御旅所へ到着したころ
人影も無く
神様も不在
の境内では、
A 「やっと静かになった」
B 「ああ 手加減せんもんな」
A 「ここ おもいっきりツッコまれてね~」
B 「そうそう ツッコまれる身になれって!腹立つ!」
A 「ホンマ 杓にさわるのう」
B 「杓だけにな~ ほんで水はまだあるけ」
A 「ああ まだ残ってる」
B 「ほな水入りやな」

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